最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)376号 判決 1953年10月20日
千葉県東葛飾郡湖北村中里一一番地
上告人
駒崎浅蔵
右訴訟代理人弁護士
倉持房之助
東京都北区上中里町六二番地
被上告人
小泉英
右当事者間の建物保存登記抹消請求事件について、東京高等裁判所が昭和二五年一一月八日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告理由第一点は原判決が被上告人の取消さない自白について自白の取消を認め、自白した事実と異る事実を基礎として裁判したのは、当事者の主張せざる事実について裁判したものであると主張するけれども、被上告人は明らかに自白を取消しているのである(記録二四三丁裏)から所論はその前提を欠き採るを得ない、そして自白した事実が真実に合致しないことの証明のある限り、錯誤に出でた自白の取消として有効であること、当裁判所の判例(昭和二四年(オ)二一九号同二五年七月一一日第三小法廷判決)に照して明らかである。また原審は仮処分の判断に拘束される筈のものではないから、論旨第二点も理由がない。
その余の論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)
昭和二五年(オ)第三七六号
上告人 駒崎浅蔵
被上告人 小泉英
上告代理人弁護士倉持房之助の上告理由
第一点 本件係争の建物につき訴外原田範房と上告人とが請負契約をなし、其請負契約に基き本件建物を建築したことは当事者間に争はないといふことは第一審判決の認定である。
民事訴訟法第二百五十七条裁判所に於て当事者が自白したる事実及顕著なる事実は之れを証することを要せずと規定してゐる。
昭和二十四年十一月十二日の第一審口頭弁論調書によるも被告代理人は原告の請負契約の事実及び契約に基き本件建物を建築した点は認めると記載されてゐる。
裁判上の自白は弁論主義の行はるゝ範囲内にては先づ証拠を要せざる効力(二五七条)を有する、裁判上の自白ありたる事実に付ては裁判所は果して斯かる事実存在するや否や及斯かる事実は真実なりや否やを調査する義務も権利もなく又其心証を得たるや否やを問はず其の自白ありたる事実を真実なりとして裁判をすればよいのである。
然るに原審に於ては(以上のとおり被控訴人主張の請負契約の成立は認められず、これと異なる事実が証拠によつて認められるのであるから、控訴人の自白の取消はこれを認容すべきであつてこれに対する被控訴人の異議は理由はない)と判断をしてゐるのである。
被上告人は原審に於て控訴状によるも口頭弁論に於ても請負契約を認めたことはないと強弁してゐるのである又準備書面(昭和二五年四月十日附)にても『本件建物は訴外原田対控訴人間の請負契約により被控訴人が建築したものではなく云々』と否認してゐるのである、自白の取消と事実の否認といふものは同一ではないと思ふ原審に於ては第一審に於て被上告代理人が自白した事実を原審に於ては之れを取消をしないで事実の否認を主張してゐるに対し控訴人の自白の取消はこれを認容すべきであつて云々と当事者の主張せざる事実を裁判してゐるのである。然のみならず自白の取消は該自白が真実に適合しないこと及錯誤に出たことを証明するにあらざれば之れを取消すとも効力ないものである。(朝鮮高等法院同趣旨判決)
第二点 被上告人は第一審に於て乙第八号証(東京地方裁判所二三年(モ)第一〇四号仮処分事件判決)を提出し援用されてゐる該判決理由に『右の事実によれば本件建物の主材料は債権者が提供したものであるから他に特約があつたことの疏明がない限りその建物所有権は一旦債権者に帰属したものと認めるのが相当であり前記契約によつて直ちに原田が本件建物の所有権を取得したものとは認められない』と判断されてゐる従つて被上告人が此の事実の認定を立当であると援用してゐるのであるから是れと異なつた結論は出ない訳である原審は斯くの如く被上告人が援用してゐる証拠を排斥して反対の判断をした違法があるのである。
第三点 原審は実験則に反して証拠判断をした違法あるものと信ずる。
本件建物の建築を始めた昭和二十一年八月頃の東京都内家屋の存在実数、建築情況を少しも御存知ないようである昭和二十年六月頃までの空襲によつて東京都の家屋は殆んど大部分は焼失して住宅といわず、店舖も空前の大払底を来してゐた、木材の統制は強化され、建築資料も払底し札たばを懐いて家なきを歎いてゐたのである従つて借地権はあつても家は建てられないから無価値位に安く取引されてゐた、この実情は顕著な事実であるから訴訟法上証明を必要としないのである。
斯かる状況のもとに於て
訴外原因がいつてゐるように注文もしないのに上告人は建築材料を無断で運んで来た、それから契約してから原田のために同人所有の建物をつくるという約旨によつて工事施行の結果はその瞬間々々において委任者たる訴外原田範房の所有に帰するものと認めなければならないとの結論には首肯されないのである。上告人は実母けいを上京させて炊事をやらせ大工其他の工員の食事をまかない壁塗工事完成一歩手前で訴外原田の妨害により工事を中止したのであるが若し其妨害なかりせば工事は完成した筈である、原田は正権原に基いて壁を塗つたものでないから民法第二百四十二条第一項の規定により当然に上告人の所有に帰すべきものである。
原審は斯くの如く実験則及顕著なる事実を無視した違法ありと思料する。
第四点 事実の認定にも誤認がある。
原審判決理由に『たゞし前記証拠によると、被控訴人は建物を完成せず、天井の三分の二ほどを残し、床板をはらず、壁工事をせずに云々』とあるが天井の三分の二ほどを残しは原田もいつていないし被上告人も謂つてゐない、床板は張らない家であるから(上告人及証人田村清一の証言)理由にはならない又壁工事もせずにというてゐるが第一審及原審の口頭弁論の全趣旨及各証人の証言によるも上告人が訴外原田とのけんか即ち同人の妨害によりたるため中止したのであつて上告人の責任に於て中止したものではないことが首肯されよう。
以上の如く何れの点から見るも原審判決は違法であるが若し右認定が許されるものとせばどうであろう。
住宅雑は解消するだろうし上告人の如きものに家屋の建築注文は殺到することも必定である。家屋を建ててもらつて之れを売却して代金を領置し建築者に一文も支払はないことが出来るものとせばこれ程都合のよいことはないであらう。
以上第一点乃至第四点に陳述した如く原審判決は到底破毀を免れないものと信ずるが故に謹んで上告趣意書を提出する所以である。 以上